■マコの傷跡■

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chapter 30



~ chapter 30 “感情” ~


兄が結婚し、その1年後 父と共同名義で家を建てる事になった頃
私は23歳になっていた。
兄の嫁さんはとてもいい人で、兄もまた昔の面影なくいい旦那、いいお父さんになっていた。
兄はもうあの時期の事は忘れてしまったか、過去に葬り去ったのだろう。

兄と父とで建てる家に、私は行く気がなかった。
兄の嫁とは仲良くしていたが、だからこそ同じ家に住むのは避けたかった。
1つの家に大人の女は2人要らないと思う。
子供になれる年でも立場でもない私はその家には不要だろう。
悩んだ末、私は独り暮らしをする事に決めた。

とはいえ、私は車を買ったばかりでローンもあり、
家賃を払って独りで生活出来る自信は全くなかった。
この話を彼にすると実家暮らしだった彼が「一緒に暮らそうか」と言ってくれたが
彼も実家を出て同棲したら彼との結婚が形を帯びる気がした。
付き合っているだけでも精神バランスを崩しかけているのに、彼との結婚はありえないと思っていた。


独り暮らしへの不安と、彼と上手く行かない事とで私は病んで来ていた。
元々、病んでいたのが悪化しただけかもしれないけれど。

気分にすごくムラがあり、イライラが自分でコントロール出来ない。
なぜイライラしてるのか理由もないのに止まらず、吐き出し方もよくわからなかった。
ただ、思いっきり声をあげて疲れ果てるまで泣いてしまうと少し楽になった。
彼の前では泣かないようにしていたが私は独りでよく泣いていた。
その方法しか楽になる方法を知らなかったのに独りの時しか声をあげて泣けなかった。
それが会社に居る時だと泣く訳にいかず本当に困った。
泣いてる所を見せたら狂ったと思われるくらい激しい泣き方を私はしていた。
身体の中からいくらでも沸いてくる熱くてドロドロした感情を押し留めようとすると
手も足も震えて立っていられなくなるし、そのうち頭の中も真っ白になる。
人があまり来ない倉庫に逃げ込んで涙と泣き声に変えてそれを吐き出した。
でもそこも絶対に人が来ない訳じゃない。声を聞きつけて人が来るかもしれない。
私はちょくちょく「気分が悪い」と言って早退したり、会社を休むようになった。

この頃の私は夢と現実の狭間を漂っているようだった。
夢が妙にリアルで、現実に会社に行ってる時の方がぼやけて見える。
夢が現実で現実が夢??
現実で意識がはっきりしているのは、沸いて来る感情をいっぱいまで押し留め
それを吐き出す為に必死になって泣きわめいている時だけだった。
その時以外は全て輪郭がぼやけて見えた。

今までは私はただの怠け者なのだと思ってきた。
嫌な事からただ逃げたいだけの我慢の出来ない弱い人間なんだと思ってきた。
でも、やっぱりおかしい。もう私は普通じゃない。きっと病気なんだ。
そう思っても今ほど心の病気はポピュラーじゃなかったから、
どの病院へ行って何て説明すればいいのかわからなかった。
精神病院、というともっとすごい病気の人が行く場所だと思っていた。


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